2011Sep.
ご無沙汰です。
最近グッと来たメールを。
「23歳も明日の自分に恥じない今日の自分であれますように」
「アメリカに留学しに来ませんか?」

ご無沙汰です。
最近グッと来たメールを。
「23歳も明日の自分に恥じない今日の自分であれますように」
「アメリカに留学しに来ませんか?」

自分は何がしたいのか、考えてみた。
ちなみに5月病だとか、追い込まれているという訳じゃありませんので、悪しからず。
いや、一昨日の夜中、友達から「働くこと」についてどう思う?と電話が掛ってきたのが事の発端で。
“考”
考えてみた。普遍的なものじゃなくて、個人的なものを、プライベートな事を。
まず、モノの見方から見直してみた。
地球が生まれ、植物等の自然が生まれ、生物が生まれ、動物が生まれ、
その中で人間が生まれ、生物学が生まれ、数学が生まれ、物理が生まれ、
言語が生まれ、文化が生まれ、組織が生まれ、政治が生まれ、貨幣が生まれ、
経済が生まれ、法律が生まれ、犯罪が生まれ、ヒーローが生まれ、ヒールが生まれ、
エネルギーが生まれ、習慣が生まれ、意識が生まれ、感情が生まれ、
“在った”ものなんて。多くのものが、生まれたんだな。と。
何が上だなんて。例えば、動物と人間なら、人間が比較的高尚な存在だなんてこれっぽっちも。もちろん僕は自然の方が大切であるという考え方にも。
生まれたんだよ、いや何でかは知らないけれども。
“選”
選択をすること。自らは何を望むのかを知る事。
例えば、今地球には60億以上の人間が住んでいるらしい。
その全員が、例えば“人間が未来永劫の繁栄を遂げること”が目指している地点だとするならば、たぶん今見ている世界に、矛盾を見ない日はないと思う。
だから“人間が未来永劫の繁栄を遂げること”みたいな全地球民統一の考えを持つべきだなんて、そんなことを言いたいのではなく、将又ユートピア理想案を考えてる訳でもなく、
自分は、個人的に何を選択し、何を選択するのかを考えた。
“F”
大学の成績表で見慣れた値。
ではなく、僕の“Fundamental”は、たぶん「何がしたい」「働くという事」「働きかける」という事へ、矢印→の影響を与えていると思う。それと向き合うことは大切であったし、あるし、たぶんこれからも。
“人”
人にはそれぞれの正義だが正当性だか判断範囲みたいな領域があって、ただ人は、たまに意思決定が合理的でなく、それ(範囲・領域)を飛び越えあるいは忘れる。厄介で、可変的な存在、それが人だと思っている。
僕はそんな“人”が、目的を見失うような、あるいは既にそんなことも言っていられないような状態がすごく危険だと思っているし、
余裕を持って選択や判断が行えないことが、意にそぐわない帰結を生み出している気がしてならない。これはすごく個人的な経験、大袈裟か簡単に言えば、22年間の報告。
だから僕は、人に余裕を生み出したいと考えていた。
初期段階は、金銭の余裕が、選択の充実や当初抱いた意思の反映をもたらすと思い、部分的補完として、仕事を生み出すという事がサポートできたらなと思い、今を選択したわけだ。
ただ、その考え方の元、ここ3,4年生きてきて、決して金銭的余裕のみで解決されるわけではないと思い至る。これは僕と関わってきた人、もちろん自分も、その中から見たもの。紙や電子上で得た燻製品からでなく、新鮮なもの。
ただ僕自身が補完する部分は変わらない。
例えば僕が60億人の精神的・情緒的余裕や健康的余裕まで考え、その為に些か処ではない行動を採るのと、
仕事を創り金銭的余裕や些かの精神的余裕を補完することの方がまだ実現性がある。そもそも前述したことまでしたいとも思わない。
僕は人に期待をしていて、かつ、期待もしていない。
結論
仕事(ビジネス)を生むと選択した人の、判断の手助けになる存在になる。
何でしたいのかは、3点から来ていると思う。
・人に喜ばれることが爽快である。嬉しい感情と、自身の存在承認ができる為かも。
・自分自身が、ある程度余裕を持った状態を、判断をする上で好むから。
・生まれて、どれだけのことが自分に生み出せるのか、何かと勝負したいのかも知れない。
そんな事を考えて、人の役に立ちたいと言ってます。
順番が前後しました。。。
4月の前半研修が終わった時の気持ちです*
社会人になって今思うことを。
“ありがたい”
一言で表すとこの言葉がしっくりくる。
2週間の研修はたくさんのものをくれた。
でもやっぱり一番大きかったのは
同期という仲間。だな
あー良かったな、本当にこの人たちと一緒で。そう思えたし、素直にいいとこ見せていきたいし、見たいと、これからも楽しみな仲間を持てた。
2人部屋も最初は仲良いやつがいいなーなんて思ったけど、そんなに話したことがない同期と一緒になった。今回の研修の大きな財産のひとつ。そいつとは多くの時間を過ごした。最初はどんな人なんだろうと思って見ていた。そしたら段々と気を許していってくれた。言いたいこと、聴いてほしいこと、バカなこと、真面目な話、勉強したり、電話の練習をしたり、まだまだそいつの一部しか知っていないのは分かってはいるけど、ただ楽しかった。嬉しかった。あとやっぱり、時間を共にするって大切だ。って思ったよ。
同期も最高な人たちだけど、そのあと待っていてくれたキャラバンのみんなも最高だった**
かなり遅くなってしまったこと、本当にごめんさい。
書いてくれたみんな、いてくれたみんな、終電ぎりぎりまでいてくれたみんな、ありがとうございました*
みんな、これからもよろしく*
社会人になり、ひと月が経った。
事象を時系列で並べれば先週の体調不良にもなんだが納得がいく。
思ったことを書いていきたい。
大切なものは変わらない。
同期とごはんを食べてる時間
一つ上や、父と同じ年の先輩方と一緒に飲むビール
少し遠く離れたところにいる友人との電話
家族からくるメール
毎日元気や知恵、経験をくれる職場
掃除洗濯炊事といった家事をする休日の朝
新しいものがたくさんやってきたこの春だが
大切なものは変わらない
素直でやれてるか・・・
感謝は伝えられてるか・・・
家事にも慣れてきたし
仕事を終えてからの時間の目標も定まった
金銭面も今のところ管理できている
今週は名古屋・長野・東京に遊びに行きます*
久しぶりでもないが久しぶりに会う友達がたくさん**
一日一日と、自分への健康意識が高まった
このひと月でした。
今日は3月18日、1週間が経った。
自分の気持ちが揺れるのが見えた。
震災の時には、不安な気持ちと浮足立った気持ち。
1日が経ち、
友達から飲みに誘われ、1度は断ったものの、結局行き。
2日が経ち、
友達と体を動かしに行き、汗を流し、夜には別の友達と食事と散歩。
3日が経ち、
なんだか自分のした行動に心の違和感があり、楽しくなく、1日中Twitterのタイムラインが頭を占拠していった。何のやる気も起きず、寝転がり続けた。そんな中、2人の友達からボランティアの誘いが来た。来そうな友達と、こいつから来たという誘い。
その時は、人の役に立てれば、何かできれば、要するに、すぐに成果の出るものに飛びつきたかった。いまでも少しばかりはこの気持ちはある。
ただこの時に、自分が心からボランティアに出向きたと思えなかった。返信をどちらも「少し考えさせてほしい。」そこから自分の気持ちに向き合ってみた。
結論は「俺は行かない。」だった。ただ、ボランティアを否定しているわけでもなかった。俺がいまボランティアをすることは、自分の為でしかなく、不安を消すための様な気がした。役立ちたいのなら、いま、とにかく明日じゃないと思った。
4日が経ち、
そんな自分の気持ちを書き出した。だいぶ落ち着いた。そんな折、キャラバンのSkypeがあり、そんな自分の気持ちをみんなに話したいとも思ったが、いまじゃないと思い、心にとどめ、明日が来るのを待った。
5日が経ち、
みんなに会った。嬉しかった。なんだか認められた気がした。各々の役割みたいなものがなんだか、薄らぼんやりと見えたきがした。まあ嬉しかった。原発について少し知った。
6日が経ち、
気持ちを見てみたら、勉強したがっていた。勉強した。起きるのは遅かったけど、初めて、家、部屋であそこまで集中できた。楽しかった。疲れた。
7日が経ち、
いま言えることは、
命を救うのは、水や食糧とかかもしれない。それに対して、僕はいま微力だ、認めたよ。
けれど、人を救うのは、人だけでもなく、希望なのかもと思った。
今度のことで、よく見えたと思う、自分にあるもの。
ひとつの細胞である自分、行動をしていくなかで感情が絶えず反応する。
宇宙の中の自分、宇宙の中でなにができるかを示してくれる。
ふたつないとダメだな、いまは。
だからいまは、4月からの場で、世の中に役立てるように自分を見る力を養いつづける。希望を蒔ける人になる。そのために心が欲したことをする。